燐寸売る姫君

 雪の降れる、いと寒き大晦日の夜なりき。雪の雲は星々を隠し、大晦日は月を隠しぬる。いと暗くいと寒きに、道を歩めるうつくしき、いやしき姫君ありけり。草鞋をはきて家を出でしものを、かつては母の履きたまひしものなれば、小さき足にはあまりて、いと迅き牛車の二つ通れるを、いかで避けむと思ひて走るほどに、落としにけり。

 いかにせましと思ひて探るほどに、ひとつは悪しき稚児の手のうちにありけり。あなやと思ひて追へど、やがて悪しき稚児だに失せぬ。残れる方もえ見つけねば、つひに履くものなくなりて、裸足にて歩みたり。いと寒ければなるべし、小さき足もいつしか梅のごとく赤くなりて、やがて藤のごとくさへなりぬ。あやしき前掛けとうつくしき手のうちに、幾束もの燐寸を入れてけれど、道行く者どもは、つゆ求めぬ様なり。まして、銭など投げたまふ者のありやなしやは、はたいふべきにあらず。

 うつくしき姫君は、いと寒く、いたく飢えければ、歩みつつ震えにけり。いとほしかりけり。心苦しかりけり。

 雪は長くうるはしき髪にだに積もれり。そのうるはしき巻き髪に、首元に積もれり。たましき都のうちの、いづれの窓よりもきらきらと明かりの灯りたるを見、あるじせむとて鳥焼く香ににほひぬるほどに、けふは大晦日なりけり、とぞ思ひいでける。二つの家の壁の間に入りて、体を縮めつつ座しけり。小さき足を体の近くにすれど、さらでもいと寒きを、燐寸を一つだに売らで、はかなき小銭さへなからば、父君の殴りもこそすれ、あやしき屋根のみありて、こぼたるる壁にわらなど詰めし我が家もさながら寒からむとて、あへて家に帰るもえざりき。

.  いとど寒きに、手足なき心地さへするほどに、あなや、燐寸すらば、いかに心安からむ。束のうちより一つ引き寄せて、しなだれし壁にすりて、およびの慰みとせむ、と思ひいでけり。束のうちより引き出でて、こころみに壁にすりていづる炎のいかばかりかは明く、いかばかりかはあたたかかりけむ。ろうそくのごとき火に、おのづから手をやりて見ば、いとうるはしくぞ光りたる。うるはしき光を見るに、あてなる真鍮のかざりのきらきらと光りたる、大きなる炭櫃が前なる心地す。げに、神仏のきこしめしつらむ、手はさらなり、足の先さへあたたかくなりぬ。やがて小さき火のきゆれば、大きなる炭櫃は塵にぞ失せにける。うつくしき手がうちには、焦げし燐寸の棒のみぞ残れる。

 飽かずやありけむ、別のを手に取りて、壁にすりにけり。こたびはきよらなる光の壁にうつりて、いとうすき几帳のごとくなりて、壁の先ぞ見ゆる。机が上には、あるじせむとて皿のたましくありて、焼きし鴨がうちに林檎など詰めしものあり。あさましきことに、皿より鴨の跳びて下り来り、己が胸に刀やさすまたなどさして、食ふべし、といはむとするさまなり。あはれ、食はばや、など思ふほどに、火の消えぬ。ただ見どころもなき、冷たき壁と、燃えつきし燐寸の棒のみぞ残れる。ふたたびすらば、こたびはいと大きなるもみの木の下なる心地す。かつて良き商人が家の窓より見しもみの木よりもまして大きく、飾りもとりどりにきよげなりけり。

 青き枝の節々より、千ばかりもの光なむ見ゆる。かつて見しあてなる色したる絵の、壁にかかれるを見、触れむとて手をやるほどに、火の消えぬ。モミの木の灯りは天へと上りて、空にあまたある星のごとく見えけるほどに、光れる星のひとつの落ち、筋をなしたるを見けり。

 人のはかなくなりぬめり、すずろにいひけり。いと小さき折に姫君をかしづきたまひし祖母の、かつてはかなくなりしが、星のおつる折には、人の魂の神仏のもとへ参らむとする折なり、といひしを思ひ出でぬ。

 また燐寸をすりければ、うるはしき光またいできたりて、その光がうちに、祖母なる御方、きらきらと、燦々としてあり。ありしひの愛さへ感ぜられ、いと暖かく覚えけり。

 袖を濡らしつつ、「我も具して行かなむ」と叫びけり。「この火の消ゆれば、炭櫃のごとく、焼きし鴨のごとく、大きなるもみの木のごとく、消えなむ。な消えそな消えそ」とて、ありとある燐寸をすりにすりけり。火のいとあかければ、日の光さへより明し。祖母の君のいと多きなる様になりければ、えもいはずうるはしかりけり。姫君が手を取りて、もろともに光がうちに入りぬ。寒からず飢えさへなき天上へ参らむとすらむ、と思ひし姫君の心地のうれしさぞ、はたいふべきにあらざらむ。

 明けぬれば、姫君のありし家の角に、赤きほほとなりてうち笑みたる姫君、ものいはでありけり。先の年の夕暮れにいたづらになりにけむ、散りける燐寸の棒などを見るに、身をあたためむとしけむ、とぞ人々思ひける。しかれども、姫君の見しもののいかにうるはしきを、いかに心うれしき心地にてあらたしき年を迎えしを知る人ぞなき。